陰暦正月と父親
2009.01.25 22:29
久日ぶりのブログ。
明日は中国のお正月。
陰暦大年初一と言います。
中国では旧暦は陰暦、西暦は陽暦といいます。
おめでとうとお祝いしたいが明日は父の命日にあたる為、お祝いは割愛。
でも、生も死も世の中の摂理でありますので、亡くなった父はあの世できっと
私達の幸せを祈っているではないかと考えます。
清の皇女の末っ子であった父が日本の3つの大学を卒業し、満州建国大学の助教授として終戦を迎えた。
その後、毛沢東の甥の毛大迅という大連市の初代目市長の秘書を経て、小学校、中学校、高校の先生に。つづいて学校追放、農村下放、人民公社の羊飼い、豚の放牧人、倉庫の番人、画師、写真屋、傘の修理屋、桶の製作屋、南京錠の修理屋、、、そして大連市政府特命経済法律顧問、大連鉄道学院終身教授として、人生を終えました。
一方、日本と密な関係があった為、50年間批判と圧迫の日々を送っていました。
非人的な生活を家族全員が強いられました。
「ワイールド・スワン」というベストレラーがありますが、あのぐらいの受難ならへっちゃら。
父は8歳から日本の教育を受け、武士道を死ぬまで貫きました。
私達兄弟は小さい頃から、父に武士道の精神をそれなりに仕込まれたつもりでしたが、とりわけ恩を忘れるべからず、人を誹謗してはならず、弱いものを苛めるべからず、年配者、師匠を尊敬しなければならず、万事において歯には歯、眼には眼を取るべからずを肝に銘じています。
いくら苦しくても父は自分が中国人であることに誇りを持ち、社会主義しか苦難の中国を救えないと毛沢東の思想に賛同。
先日、SAPIOという雑誌にワイールド・スワンの著者は人民大会堂前の毛沢東の彫刻を引き倒せと書いてありますが、私はこの人が文章は美しくて成熟だが人間的には幼稚でかつ過激だなと落胆しました・・・
その父は私達と分かれて5年になりました。
やはり、お父さんに新年お目出度うと祝辞を贈りたい。
昨今の全世界の諸情勢を見ても、父の教えがいかに正しいという気がします。
コメント(1) | この記事のURL | カテゴリー:甲州人のひとり言
※ボタンをクリックしてもコメントフォームが開かない方は、
お使いのブラウザのポップアップブロック機能を解除してください。

コメント
「ワイルド スワン」「チャーズ」「溥儀」等など・・・私も数々の中国に関する本を読みましたが貴方のご家族様もそれ以上のご苦労があったのですね・・・・・・
政治やそれらを司る人に翻弄され、過去のあやまちから学ぶ事は沢山あるはずですが世界中なかなか上手く行かないのが現状ですから悲しいものです・・・・・・