開発バス の痕跡
2008.02.05 18:15 投稿者:小 バカボン
現在甲府盆地を走るバスは「山交バス」、たまには「じゃまこうバス」などと陰口が聞こえますが、乗客が少ない割にはガンバッテいます。
ところが、戦前の甲府には山交バスは無く、「開発バス」が走っていたのです。
この開発バス、正式には「株式会社 山梨開発協会 バス」と言います。
協会なのに株式会社とは何かしっくりいきませんし、開発とバスが結びつくのもよくわからない気がしますよね。
会社組織の山梨開発協会は、当時バスを運行していた山梨自動車運輸㈱・山梨公衆自動車㈱・御岳開発組合の3者が合併してバス運行を行うために発足しましたが、これと同時に昇仙峡の開発・山梨県内の開発を志す同志の集まりにより発行された「開発」という雑誌と不可分の関係にあり、山梨を開発し発展させるという大志に燃えた命名であると推察されます。
もちろん山交バスは、この開発バスが土台となり戦時統合命令によりできた会社ですから、親子関係にあるといえます。
しかし、開発バスという呼び名を知る人も少なくなり、その痕跡も段々なくなってしまうことを危惧し、自慢のコレクションを掲載します。
上の 写真は 甲府駅前の 開発バス車庫 の絵葉書
下は 昇仙峡方面への 案内パンフレット
社内使用の便箋
※ 山梨開発協会本社は 現在の 山交百貨店の位置
同社が経営する 開発温泉は 甲府駅南口ファミマの西側奥にあるコ
インパーキングのある場所 (源泉は近ツー裏路地の祠の位置)
コメント(1) | この記事のURL | カテゴリー:四季・レジャー
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コメント
バスの歴史って全く知りませんでしたし、考えたこともありませんでした。時代の息遣いが聞こえるようで楽しみに拝見しております。
今の路線や現状が当たり前に思えておりますが、まずは山交の歴史を再度見つめなおし、挑戦の歴史を知ることで、これからの新たな時代の公共交通のあり方を考えることが大切だと感じています。