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八ヶ岳・清里の北欧風 ペンション トムテヒュス

八ヶ岳・清里の北欧風 ペンション トムテヒュスの
オーナーが見たこと、聞いたこと、食べたことの数々

プロフィール

1948年東京生まれ。
多摩芸術学園映画科で撮影技術と映画全般を学ぶ。
サントリー・丸大ハムなどのTVCFの撮影助手。
資生堂の創業100年記念PR映画で地球一周をしたきっかけに、
一転してジャルパックのツアコンダクターとなって
世界中を飛び回ること10年。 
今は一番きにいった”北欧”を
清里のペンション トムテヒュスで展開中。
八ヶ岳の麓に暮らしてはや25年
http://www.tomte.biz

マンマ・ミーア

2009.02.12 22:37  投稿者:tomte

エール・フランスが買収するとかベネトンが経営にのりだすとか、
迷走がつづくイタリアが誇るアリタリア航空、かって国営のバリバリで元気の
よかったころの話。

本来、ジャルパックは日本からロンドン、ローマから日本などの区間は、
日本航空を使うことが、前提だったのだけれど、
生憎、タイのバンコクから東京までが、どれも満席、
止む無くアリタリアで帰国することになったのです。
ネパールのヒマラヤツアーからの帰途、空港で待つことひさし、やって来ました
DC-10、機内に乗り込むと、指定席のはずが、ローマからのイタリア人客が、
先住民の特権とばかりに窓際を全部、占拠。
僕のお客さんが座席指定の券をふりかざしても、
敵は何処吹く風。皆でワイワイやってたら、パーサー登場。
当然、正しき指導をするかと、思いきや、肩をすぼめて、マンマ・ミーア。
そのまみギャレー奥に引っ込んでしまいました。
高鳴るエンジン、座席ベルト着用のサイン。
みんな、仕方ないから、とりあえず、そばの適当な空き席に座る。
そしたら、くだんのパーサー、ニコニコして登場。
典型...


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3億円じゃなかったんだ!

2008.12.13 17:38  投稿者:tomte

昭和43年(1968)の12月、僕は東北新社のCM撮影部にいました
ビクターのSEMシステム・ステレオの撮影の締め切りが迫っていたので、
朝早くから西新橋の本社から都内の凸版印刷の撮影所へ車で向かっていました。
2度も警察の検問に止められて、カメラ・ボックスを開けさせられました。
アリフレックスが入った大きなジュラルミンのカメラボックスです。
僕たちはその前日に起きた事件を知りませんでした。
府中刑務所まえでジュラルミンのケース3個に入った
3億円が強奪されたことを・・・

それから数日後
府中の運転試験所から先輩の用事で運転中
うかつにも追突事故を起こしてしまいました。
場所が調布と武蔵境の警察管区の境目だったため
たいした事故でなかったせいもあって、一旦来た警察が管轄違いだとかで
帰ってしまい、やっと連れていかれたのだ布田の交番
あわただしく警官が出入りして、なかなか相手にしてくれませんでした。
3億円事件で追突事故なんか、かかわっている
暇がなかったみたいでした。
3億円事件が再報道されるたびに思い出す青春のいちペー...


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化学肥料は野菜のドーピングだ!

2008.09.20 22:27  投稿者:tomte

大学コンソーシアムの現地学習で
尾白川と白州に行ってきました
どこがインバウンド観光と関係あるかは別として
有機農法の話は大変、興味あるものでした
いのうえキノコ園の井上誠次さんの話が最高!

「化学肥料は野菜のドーピングだ!」
色・形・サイズを消費者ごのみにするため
本来の力以上に背伸びして育てるものだから、
ひ弱で味もあまりない野菜になってしまうのだそうです。

米ぬかや腐葉土でバクレリアを育て
野菜の周りに生えてくる雑草を引き抜いたらそのまま、周りに寝かす
これで十分に野菜は育つのだそうです。
焼却灰や薄い塩水などで害虫をふせいだり、野菜が本来もつ実力で
十分に育つのを人間が助けてやりさえすれよいのだとか

井上さんの熱弁に一同、関心して
みずみずしいトマトやきゅうり、シイタケをいただいて家路につきましたが
少々残る、疑問
井上さんの栽培しているのは、ズッキーニとか大蒜、稲などで
キャベツやレタスなどの葉物野菜はどうなるんだろう
いつか見た、無農薬のキャベツの無残な姿がふとよぎりましたが
これは次回への宿題かな・・・


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私 モ~レツしたことがあります

2008.09.05 11:03  投稿者:tomte

このあいだのサザンのラスト・コンサートでもやってましたが
桑田佳祐さんが2003年に歌った「ホテル・パシフィック」のなかで、
バック・ダンサーが白いヘルメットと白いミニスカート・白いスカーフを
なびかせて踊っていたましたが、覚えていますか?

60年代の有名なテレビCMをパロディーしたのを知っている若い人は
少ないともいます。
当時、人気モデルの小川ローザさんが、猛烈に走る車の疾風でミニスカートが
めくられ、あわててスカートを抑えながら
「オー モーレツ!」とやる一世を風靡した
丸善石油(現:コスモ石油)のCMです。
(注:写真はスタジオ撮影のラッシュプリント)

高度成長時代の「モーレツ社員」をもじったものですが、
これは、テレビコマーシャルの世界では革命的な出来事で、
これ以前にも、マスプロ・アンテナの「見えすぎちゃって困るわ!」など、
いわゆる”お色気CM”はありましたが,それは、今から思えば、
たわいもないもので、子供の寝静まった深夜に放送されたものばかりでした。
このCMのヒットで明るい健康的なお色気CMは ゴール...


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私、ヤクザ屋さんと旅したことがあります

2008.08.06 17:31  

添乗員の携帯書類のうち、大事なものに,
ドキュメント・リストというものがあります。
参加者の住所氏名・職業・生年月日・パスポート番号などを一覧表にしたもので,
団体で入国手続きをしたり、ホテルにチェックインする時に使う、
かなり重要な書類です。

出発まえに各旅行代理店から送られてきた情報に基づいて
ワープロなんて無い時代、一生懸命、間違えたら何度も打ち直し
タイプライターをたたいて作り必要部数コピーします。
添乗前の緊張と、時間もなしの、わき目もふらず、大変な仕事なのです、 
これが無いと一括入国手続きも、団体チェックインも出来ない。

髪の薄いバーコード頭の先輩など普段はきちんと櫛の目もさわやかなお姿が、
もう、なりふりかまわずのタイプ打ちですから、ザンバラ髪、
嗚呼、先輩も添乗が近いんだなと誰の目にもあざやかなのでありす。

時々、代理店からの情報がカタカナの参加者氏名しか無い場合ありました。
そういう場合は空港集合時に書き取った情報を基に
機内で、ひっちゃきになって手書きの20部くらいを書き写すなんて、
大変な仕事も...


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私 生(なま)で聞いたことがあります

2008.07.29 21:19  投稿者:tomte

「皆さん ハイ さよなら さよなら さよなら」は
ヨドチョウこと淀川長治 さんが
NET、現, テレ朝の日曜洋画劇場の最後の”きめ台詞”にしていたことは憶えていますか?

私、今は巨大企業になってしまった東北新社の撮影部にいた頃、
2週おきに、この撮影にカメラ助手としてついていました。
東北新社は当時は、まだ西新橋のメンズ・クラブ・ビルに間借りしていて、
外国映画部とCM撮影部、それと銀座コリド-街にオ-ディオセンタ-
西麻布で当時めずらしかったス-パ-マ-ケットもやってました。

外国TV映画の吹き替え用翻訳をやっていた英語の堪能な外画部の人たちからすると
カメラを担いだうす汚い格好をした撮影部は、土方みたいに低く見られていたみたいですが、
逆に、CM部は薄暗いブ-スで映写機とにらめっこしている彼らを
モグラみたいと馬鹿にしていました。
声優の広川太一郎さんのお父さんが外画部にいたことを覚えています。

2階の倉庫みたい、というよりは倉庫そのもの、のスタジオで撮影は開始。
他のクライアントで使ったネスカフェの...


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私、行ったことがあるんです

2008.07.25 09:55  投稿者:tomte

最初にお断りしておきますが、私は、いわゆるマルクス・ボーイではありません、
典型的な日和見というか, ノンポリの駄目な学生でした。

ロンドン・フリータイム、初日に市内観光があって、あとは, まったくのフリー。
添乗員の私は情報の提供と手配をするためにホテルにツアーデスクを開設して
お客さんを待つ、これが仕事なんだけど、お客さんは、てんでに出かけて誰も来ない、

暇をもてあましていたら、ツアー参加者の青年が二人、
「自分たちは、経済を勉強する大学生なんですが、
先生に”カール・マルクス”のお墓がロンドンにあると教えられました、
何処かしりませんか?」
これを聞いた、好奇心のかたまりの私はどうしとたかと言えば、
結局、学生さんを引き連れて、マルクス先生のお墓探検に出発。

二階建てバスに乗って、目指すはロンドン郊外、NorthGate。
尋ね, たずねて、たどり着いたのはごく普通の淋しい公園墓地、
柵が張り巡らされていて、簡単には中に入れそうもない、
ここまで来て引き返すのもしゃくだったので、
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私、夏の甲子園大会に行ったことがあります

2008.07.23 21:50  投稿者:tomte

今年が90回記念大会だから、今から40年前の話です
昭和43年(1968)の夏です
夏の甲子園 「全国高校野球選手権大会 50回大会」
「世界は二人にために」のマ-チにあわせてバック・スタンド側から
全参加選手がプラカ-ドを先頭に行進して来ます。
ザッ! ザッ! ザッ! という感じで選手達がホ-ムに向かって行進して来る、
いよいよ大会がスタ-ト。

大阪では甲子園大会は夏の風物詩であり一大イベントあることを
東京生まれの私には知りませんでした。
気が付くと新聞各社のカメラが スタンドではなく、一斉にこちらを向いている、
撮るほうが、撮られるというのは変な感じで

市川崑監督、カメラマン、撮影助手の私、
今まさに、オ-プニング・シ-ンを撮影しているところなんです。
朝日新聞製作、東宝配給の記録映画「青春」の撮影です。

ただでさえ緊張しているところを、沢山のレンズがこちらを向いている。
有名な監督さんが、あの甲子園大会を映画にする というのは
かなりのニュ-スだったのです。
東京オリンピックの記録映画につづいて市川崑 さんの...


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