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山梨の山と川と土と人とをテーマに自分にとって何であるのか?どのように関連付けて生きているのかを書いてみたいです。

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うわとの郷物語(2)

2010.01.07 21:15  投稿者:ootaminoru

甲斐国山梨郡表門と線刻の入った銘皿(平安時代:凡そ西暦1000年)

写真1  大坪遺蹟(甲府市横根町)11世紀初頭の平安時代。
     1982年に出土しました。1994年の調査では土器を生産した
     と思われる跡が確認されています。


奈良時代の甲斐国分寺、国分尼寺の瓦室跡等が発見されています。
奈良時代の聖武天皇が全国に国分寺及び国分尼寺の勅令を出しています。
写真2と3
此処で焼かれた瓦が笛吹市一円の寺社(国分寺国分尼寺)に供給されました。
上土器遺蹟(甲府市桜井町)

山梨県考古学博物館の冬季企画展「表門郷ものがたり」より。


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表門郷ものがたり

2010.01.07 19:17  投稿者:ootaminoru

うわとの(表門)郷物語が面白い。

むかしむかし、甲斐の国のうわとの(表門)郷では、沢山の人が暮らしていたそうだ、、、、、。職人は土器や瓦を焼き、身分の高い人は仏様をおがみ、甲斐の国の生産や文化を支えていたそうだ。
表門郷での暮らしを覗いてご覧。,,,,,パンフレットより引用しました。

1月31日まで県考古学博物館で冬季企画展をやっているよ。
「うわとの(表門)ものがたり」です。無料なのがあり難い。

甲府市の東部、川田、横根町や桜井町の平野部分は古代の「甲斐国山梨郡表門」である事が1982年に発掘された土器に刻まれた文字から明らかになりました。
この地域は7世紀後半の春日居にある寺本廃寺へ瓦を焼き供給しました。叉今から1300年前の白鳳時代即ち8世紀に建設された律令国家の地方版、甲斐国分寺、国分尼寺の瓦も此処で生産していました。
夫々の瓦がこの地域から沢山出土しているからです。
更に8世紀後半から10世紀後半に胎土と制作技法に独自の特徴を持つ甲斐型土器を生産し甲斐国内を始め、関東や駿河、信濃方面に沢山交易品...


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