六根清浄富士登山(山梨百名山16)
2009.07.18 21:28 投稿者:ootaminoru

富士山は眺めるだけのものではない。やっぱり登るものだ。
7月15日(水)、早朝自宅を出て自家用車でスバルラインから富士山スバルライン五合目に至り午前5時45分から歩き始めました。
登山初心者であり、始めて富士山に登る人に同行し引率しました。
彼はこの4月から私と山梨百名山を廻り始めた友人です。それまで全く登山を嗜むことがありませんでした。
残念ですが、八合目の3200メートル付近から、その友は高山病の症状が出始め、本八合目(標高3400メートル)で症状が著しくなり、限界と判断してそこで引き返しました。
吐き気、胸が痛い、眩暈、そして頭痛の症状が顕著になって来ました。
脱水症状、熱射病に近い症状だと聞いていますので水をガンガン飲ませて1時間弱小屋の前で休憩しましたが解消しませんでした。
下山道に出て7合目まで下って来たら頭痛以外の症状は解消しました。
しかし、頭痛だけは富士スバルライン5合目まで降りてきても完全には治りませんでした。
健康で、肺活量も大きく、私より若い65歳の男性です。
高等学校時代まではアマチアボクシングの選手で高校総体の県大会から全国大会までに出場したこともある人です。
改めて富士山の大きさを知りました。
再び何時の日か挑戦してみます。
2500㍍から3000㍍クラスの山を歩いてそれから再挑戦です。
高気圧の張り出した日が良いだろう。
写真1は富士スバルライン五合目の駐車場からの富士山です。下山して来てから午後3時ごろ。
写真2は本八合目の富士山ホテル前での休憩
ここから須走り口との分岐点です。
写真3は下山して来て五合目のターミナルから登山道入り口です。
頂上の風景がありませんが何れも富士登山の代表的な風景写真です。
追記:この日富士山は物凄い強風でした。
雨は降りませんでしたが暴風と言ってよいと思う。
手を使って四点支持ないし三点支持でないと風圧で歩行が困難なほどでした。
砂埃が舞い上がり小石が飛んできて顔面を叩きます。
目に砂埃が入り痛いのでサングラスで保護しマスクをして登山しました。
昨日の14日から暴風は続いていて静岡県側の富士ノ宮のスカイライン五合目駐車場で大きな落石があり自動車を潰して死亡する事故が発生しました。
強風に関係した事故かどうかは判りませんが、、、、。
14日は殆ど頂上へ登った人は居なかったそうです。
15日も殆どの人が七合目から八合目で宿泊して待機していましたが頂上へ向う人は殆ど居なくて退き返して下山したようです。
長崎県の高校から150名ほどの修学旅行生が来ていましたが八合目で宿泊してそこから下山してゆきました。
熊本県の消防学校訓練センターの訓練生が115人14班編成で私達と同じ時刻に登山を開始しました。この若者達は頂上まで登って行きました。
この15日(遭難した日は16日)は北海道の大雪山系でも強風と降雨がありトムラウシでは8人と1人、美瑛岳では一人死亡する低体温症の事故が発生しました。
ご冥福を祈ります。
全国的に強風が吹いた日だったのでしょう。
札幌管区気象台に依りますと13日から16日にかけて道内は周期的に低気圧が通過。各地で大雨や強風に見舞われた。帯広測候所に依るとこの地域の上空2千㍍付近では16日の日中も20~30㍍の風が吹いていたと言います。(朝日新聞7月17日P39より引用)
途中で引き返す勇気を持つことは本当に難しいです。この団体の場合は避難小屋に停滞することが結果論として適切だったでしょう。
しかしその決断は予備日をもっていなかったと思われ、トムラウシ登山登頂を諦めることの決断であり、ツアー客の旅行費用と日程の全てを無駄にする事でありツアー客も引率者も共通の利害から思いとどまれなかったものと思う。
この日の富士山頂上最低気温は2℃最高気温は8℃の予報が六合目登山指導所の掲示板に記載されていました。
これは通常の富士山気象であり、これに風雨が伴えば過酷な状況になります。
避難する小屋や下山する時間が短いのでトムラウシとは全く事情を異なります。
ですが、富士山はやっぱり登る山です。


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コメント
久しぶりに富士スバルライン五合目から吉田ラインを登りました。
今回の印象として山小屋のトイレが綺麗になっています。宿泊者以外でも100円チップで使わせていただけます。
山小屋の宿泊も事前の予約制になっていてました。以前は嫌味な客引きにうんざりさせられました。
世界遺産登録に向けて快いほうに改善されてきていますね。嬉しい事です。
山梨県人は富士山にはあまり登りませんね。
富士山五合目スバルラインターミナルの駐車場で午後3時ごろ帰り際に目に付く自家用車のナンバーを数えたら54台中、山梨ナンバーは私のものを含めて3台でした。富士山ナンバーはありませんでした。
これは通りすがりの目に留まった任意の台数です。
恐らく山梨県人は登山客の5パーセント位なものでしょうね。
大型バスが別な場所に駐車していますので。
他県の何処の山へ行っても私は同様にしてその県の自動車ナンバーを調べる事にしています。
20パーセントを切る山はありませんね。
新田次郎の山岳小説「六合目の仇討、富士に死す」を是非読んで頂きたいです。
江戸時代からの重層的な富士山信仰に関する道者(登山客)やそれを向い入れる御師や先達の観光業の姿が描かれています。そこに現在の世相にも通ずる私達との共通点が見えてきます。
小説とは言え新田次郎はその時代の社会の風景を沢山の資料を基に描き上げているのです。
きっと、富士山がもっと愛しく好きになるでしょう。
日の当る部分ではなくて、もっと日影の部分にまでも山梨県人や地元の地域社会の方々は富士山に愛着を深めて行く努力をすると良いのだけれどと思います。
そうして始めて富士山の文化遺産登録が可能になるのではないかと思います。
それらの日影の部分は別に項目を設定してブログに掲載してみたいと考えています。
私など、登りに6時間と聞くとしり込みしてしまいます。いつか登らなければとは思っているのですが、なかなかです。