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国師ガ岳(山梨百名山17)

2009.07.20 18:55  投稿者:ootaminoru

国師ガ岳(2592㍍)は現在では楽に登山ができます。
川上牧丘林道を自動車で上がって行き、峠の大弛み峠から衝立のような尾根道を歩いて1時間以内です。

この川上牧丘林道は何時開削されたものなのか、興味があります。それはこの峠を反対側に尾根道を2時間ほど縦走すれば金峰山に行けるのですが、この長野県の川上に至る林道が開通する前は元々林道に沿った信仰登山の踏み分け道があって、山梨市側からの登って来る金峰山信仰への登山道が大弛み峠に接続する尾根ルートがあったのではないかと推測するのですが、現在それらしい資料が地図や資料を見つけることが出来ません。
私の拙い調査の段階では、山梨市側からの金峰山の信仰の登山道は笛吹川流域から山越えをして荒川流域に出て水晶峠から登るルートだけだったらしい。荒川流域に出るには琴平川を遡り焼山峠、叉は鳥居峠を越えて荒川側に下ったものだろうか。

国師ガ岳へは信仰登山の時代も笛吹川の上流三富の乾徳山や黒金山経由で奥仙丈ケ岳へ登るルートがあったと想像されます。
そして国師が岳を経て尾根を縦走して金峰山に至る登山道が考えられます。
それに立ちはだかるのが国師ガ岳の大嶺山那賀都神社の奥宮です。

水晶峠を登るルートは甲府市内や清川韮崎などからの幾つかの甲府盆地中央から昇仙峡奥の金桜神社を経由して下黒平、上黒平を経由して荒川の右岸を遡行するルートを経て水晶峠から金峰山に直登ルートが本来のメインルートで、それに山梨市側のルートが合流する形になります。なんだか不自然です。

山梨市側からの金峰山ルートをしっかり調べたいと思います。宿題です。
恐らくそれに絡んでくるのが大嶺山那賀都神社ではないかと推測します。
金峰山と国師ガ岳信仰は仲が悪かったのでしょうか。

写真1国師ガ岳頂上(2592㍍)です。
写真2は金峰山頂上(2598㍍)です。
写真3は山梨市の登山口室伏にある藤村県令式建築(室伏諏訪)学校です。明治8年開校です。
平成21年6月17日登山する。


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