舞鶴城公園(甲府城跡)の晩秋(1)
2009.11.17 18:14 投稿者:ootqaminoru

舞鶴城公園が秋本番となりました。
城郭のない城跡の秋の気配は寂しくてなりません。
「舞鶴城公園」は都市公園法の公園の名前です。
その公園の中に県指定史跡「甲府城跡」があります。
舞鶴城公園の「舞鶴城」とは江戸時代後期から明治時代初期に市民によって名付けられた愛称です。愛宕山から眺めると鶴が舞っている姿に見えるからだそうです。
しつこい表現になりますが都市公園法の「舞鶴城公園」と県の史跡「甲府城」は別のものです。同じ敷地内に違った性格のカテゴリーがダブってあるのです。
前者は公園として癒しの場であったり、防災上の避難地であったり、緑地帯であったりします。仮にブランコがあっても滑り台があっても噴水、ベンチ、売店、駐車場、野球場、プール、陸上競技場、動物園があっても差し支えありません。小瀬の運動公園を想定して下さい。
後者は歴史的史跡として、その当時の状況を出来るだけシンプルに保存した古い建物や遺構(旧跡)で日本の文化財の種類の一つであり歴史上叉は学術上価値が高いと認められた場所です。日本国及び地方公共団体が指定を行なったものです。甲府城の場合は山梨県の指定です。
ですから、その時代にそぐわない建造物や施設や植樹は困り物です。
排除の対象となります。
昭和43年に指定された県指定の史跡「甲府城」から多くの石碑や施設が移転になったり取り壊されて現在に至っています。最近の例では台所曲輪にあった県議員宿舎が今年の夏、取り壊されました。
即ち公園と史跡は設置目的が異なりますので公園法の公園と歴史的史跡の折り合いを採らなければなりません。
その最前線に樹木も含まれていると思われます。
甲府城跡としての甲府城には元々樹木は基本的にありませんでした。
城内の庭園には多少植え込みがあっても、城は防御の砦で、軍事的な施設で勤番士時代は居住区画ではありませんでした。叉神社仏閣ではありませんので植樹は殆どなかったそうです。
ですから史跡として保護保存する場合、樹木も最小限度にしておかねばなりません。舞鶴公園内の大きな樹木はほぼ100年が限度のものばかりだそうです。
公園として緑地や植樹景観を期待すると貧弱をいがめません。
そこで、出来るだけ秋の気配を探して甲府城を撮影してみました。
写真1は二層の稲荷櫓
写真2は天守台
写真3は鍛冶曲輪にある欅です。樹齢100年くらいの大欅です。
写真では褐色になりましたがセピア調の渋い黄金色です。
平成21年11月17日(火)。
雪が降るのではないかと思われる小雨の寒い日でした。清里は雪だそうです。


コメント(0) | この記事のURL | カテゴリー:歴史文化産業
コメント
※ボタンをクリックしてもコメントフォームが開かない方は、
お使いのブラウザのポップアップブロック機能を解除してください。


近くのエリアの記事