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寅年

2010.01.11 16:52  投稿者:ootaminoru

寅年にちなんで山梨県立考古学博物館が遺蹟から発掘した遺物のなかで寅を描いた青銅鏡などが展示されていました。
1月末頃までの展示ではないでしょうか?
博物館を入って広いロビーの正面切符売り場の前に展示されています。


写真1 青銅鏡は御坂町成田 亀甲塚古墳(円墳)からの出土品。
盤竜鏡と言うそうです。
青銅鏡は中国の後漢後期(2世紀)頃のものだそうですが古墳は5世紀前半のものです。
古墳には竪穴式と横穴式があり前者は3~4世紀に、後者は6世紀~7世紀に盛んに築かれたそうです。そうするとこの亀甲古墳はどちらに属するのだろうか?説明表示には書かれていませんが何となく竪穴式古墳だと思う。
間違っていたら御免なさい。
此処で竪穴式と横穴式はその背景が異なり竪穴式は一人だけのお墓で、横穴式は埋葬する遺体を追従出来る構造で現在の先祖代々の墓に性格が似ていて複数収納出来ます。親、その子、孫と次々に収納できるタイプで経済的です。但し親、子、孫などのの血族なのか大王や王などの役職なのかは知りません。

写真3 あとの陶器類は富士川舟運鰍沢河岸跡から出土品で染付け磁器茶碗と土瓶です。
江戸時代後半の虎と竹林文の手書き絵付け磁器だそうです。染付け磁器の色が薄いのでその顔料は中国からのらしい。
この染付け磁器以外の二器は銅板転写判印刷だそうで明治後期のものです。
これは色が濃いのでぺルシャンブルーの藍色の濃いものです。
江戸時代後期以降にオランダ経由で入って来た顔料や明治時代以降の顔料です。

時代により搬入経路が異なり面白いです。


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