やまなし農業協力隊
2010.02.14 16:22 投稿者:ootaminoru
観光産業は全てのジャンルに跨る裾野の広い産業城下町だ。
山梨県を観光立県と称するならば、観光に寄与する食の問題は最重要課題であると思う。ぶどう、ワイン、桃にスモモ、ホウトウ、煮貝だけでは絶対的に食材が不足である。
その農を考えると、ここにも叉農に係る全てのジャンル、生業としての農業、農家、農作物、流通、食材、食文化、農育食育が係っていてその全ての分野で更なる発展を期待する事になってしまいます。
山梨県民の日頃の食文化の頂点に観光産業の食があるのであって、御もてなしの食は工業や商業で特別に製造して作れるものではない。生命を介した生物体でしか得られないのだ。
私はそのように観光の食の問題を位置付けていますので観光の繁栄にはどうしても山梨の食文化の発展が必要だと思う。
昨年暮れから遅ればせながら幾つかの農に係る講座を受講し始めています。
農そして農業の実態をビジアルに知りたいからです。
そして山梨県の農、農業、食の将来像を模索してみたい。
ですが、この分野に関して現在の段階で私如き素人がウンチクを垂れるほどの見識も無いし、そんなにこの業界は単純で甘くはない。
山梨県の農に取り組む働き掛けの一団がいます。そのグループを今回紹介します。
農業の担い手がいない。と言い続けられて30年になります。そして現在に至るまで解決が出来ていません。現在昭和一桁による農業を支えられて来た年齢層は70歳を越えてきています。後継者が見つからずに廃業し耕作放棄地が増えてきています。山梨県のトレードマークである果実についてさえ同様だそうです。どうしてこうなってしまうの?
山梨県農政総務課主催の「やまなし農業協力隊シンポジューム」へ行って来ました。
1月30日(土)
場所 山梨県民文化ホール
都市部の若者で農業、農村に関心ある人を誘致して農作業や地域活動をしてもらい、その後、農村地域の担い手として山梨県内で就農、定着してもらうと言う試みです。
隊員を募集したところ全国各地から80名の応募があり、男女22名を県が選定して昨年の10月から山梨県内の農業法人、農協、企業で農業体験実習に入っています。
そうした農業協力隊員を広く県内の人に紹介し若者を励まそう、叉協力隊員の就農を支援する組織的な取組みを県民に紹介し農業活性化に向けて山梨県が支援し取り組んでいる事を広報するシンポジュームでした。
隊員の自己紹介、農業実習への取組みの経過、感想などなどを実習者の代表の方から数人伺いましたがいずれも落ち着いて地に足をつけたと思われる雰囲気でした。
ぜひこのまま実習体験を積んで何れ独立し、就農に結びつく農業従事者に育って欲しいと思いました。
山梨県には沢山の農業遊休地や放棄地があり、農業の形態も様々だそうですが、更なる農業の発展の一つの方法として新しく外からの人材によって山梨の農業の産業政策、個々の農家経営の進歩発展を築き地域社会の活性化に寄与する事を願わずにはおれません。
その定着への鍵は何だろうか?
別なシンポジュームでは山梨県の農業の発展は戦中戦後の疎開の時期に都会などから田舎の縁故をを頼った余所者が見よう見まねで農業を始めてそのまま居ついて就農する事によって実はそれまでの仕来りや固定観念を打ち破り周囲の農家の差別や非難の中からその時代にあった合理的な農業に転換しそれが何時の間にか山梨県の主流となるまでに改革されて来た実績があるそうです。
今日、既存の農家保護主義のJA主導の農では次世代の就農者を養成し農業を継続できません。
そうしたスパイラルから這い上がり、叉はそれに飽き足らず農業の継続性を求めて未来に繋がる展望を試行錯誤する農に係っている農業、加工業、流通業や販売網の人もいます。
その多くは余所者であったり、一度他業種に従事しマネージメントやマーケッテング戦略を身に付けた人、都会からの出戻りであったりで合理的な経営感覚を身につけての農業参入者が多いようです。
叉、農業の法人化、企業化の新しい形態も此れからの農に係る産業政策の一つの形態だと思いますが、殆どは非農業部門や農業未経験者からの参入です。
農業協力隊の人達は都会で非生物を扱う事務的な仕事に生き甲斐と生きている感覚が得られなかったと言います。その事は現代に生きる多くの人が生きることに意味を見つけ出せないで日々悶々として暮らしている状況下にありますが農(畜産や漁業を含めて)には破壊や搾取や殺戮ではなく自然と共存し折り合いを付けて農作物を半搾取の状態で取得し自然を根こそぎ奪うことなく再生可能な状態に維持する共存の思想、感謝と正直の哲学を含み自然界の中で自分の位置が明確になり生きている実証が得られのだと言います。
一方、農業協力隊員は農業体験をして想像以上に大変な仕事である事に驚嘆している。
その過酷?な労働と収益性と営農には生の実感が伴う感覚との折り合いがついて、将来に対する永続性の見通しが着く段階とは農業技術の取得の段階ではなく、山梨県の場合は恐らく消費者の願望である時代に合った安全で安心で新鮮で美味しい農作物を求めた農業経営のやり方及び加工、流通、販売に至る新しい連携のチャンネルの中で収益が見込めるどうかの見通しの段階なのであろう。
その形態は夫々であり、金太郎飴のように一様では無いかもしれませんがその人なりの一つのビジネスモデルとして新しい時代の農業に成長する可能性を秘めていると思う。
そうした農業という産業への切り込み隊長的な群像を私は脳裏に描きました。
全て、この群像で日本の農業、山梨県の農業の将来が開けて行くとは思いませんがひとつの解決への取組みの道であると思います。
農業協力隊員が就農定着する事を念願してやみません。
叉行政がいろんな角度から支援体制を採る事に賛成です。
コメント(1) | この記事のURL | カテゴリー:歴史文化産業
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