鮎の塩焼き
2010.07.22 18:35 投稿者:ootaminoru

香魚、鮎の塩焼き
どうして山梨県にはお盆の時期に鮎を食べる風習がないのだろうか?
長年、私の不思議です。
地方のおもてなし、郷土料理と言えばお盆の時期は鮎の塩焼きです。
山梨県にも釜無川と笛吹き川がありますがお盆の親類筋の寄り合いや法事の料理として鮎をおもてなし料理として振舞う社会的風習がない様に思う。
石和の鵜飼は長良川よりも古く平安時代からだとの伝承があるそうですが、鵜飼の獲物は鮎だったでしょう。それともハヤなどの他の魚種なのだろうか。
その昔から鮎を食べる事は食べていただろうが地域の風物として何時の時代にか断絶し定着しなかったのかもしれません。
現在の鮎はその殆どが琵琶湖で生まれて育った稚魚を持ってきて放流したものだそうですが、その昔は各水系に定住し世代交代を繰り返してきた本当の地物だったのだろう。各水系固有のDNAを持つ鮎だったでしょう。
内陸地の山梨県にも鮎がいたはずだ。
それがどうして?
今の石和の鵜飼は故事を伝える為のただの見世物で鮎を食べる文化が地域社会の甲州から廃れてしまったと考えて良いのでしょうか。
山梨の自然、特に山岳、空気、風雪、森林そして豊富な水やワイン、果樹を将来の山梨の更なるオンリーワンに育てて行くには水系の美しさ水質の良さの社会的な証拠として鵜飼や鮎釣りの風物詩があり、その根っこの部分としてお盆さんには鮎を食べる風習を再生しょうではありませんか。
H2Oが綺麗と言った単純な鉱物資源だけに注目するのではなく美しい水系に水質に地域社会が支えられどのように係わって暮らして来たか?を問いたい。
米が食えない貧しい時期の代用品としてのホウトウ、戦後の鳥もつ煮や織り機の街の女工さんの昼の駆け込み吉田のうどん、もっと古くはお付団子、ミミ、スイトン等などで甲州のB級グルメに育てるのも良いがもっと王道を歩こうではありませんか。
江戸時代の甲府の名物料理はウナギやとそばだったはずです。
恐らく資料を紐解くと新鮮な川魚料理が名物だったのではないでしょうか。
写真は富山湾に流れる神通川の上流猪谷の細入道の駅にて鮎の塩焼き

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