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		<title>わいわいねっと [山と川と土と人と]</title>
		<description>山梨の山と川と土と人とをテーマに自分にとって何であるのか？どのように関連付けて生きているのかを書いてみたいです。</description>
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		<title>甲府城の紅葉</title>
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		<description>甲府駅に最も近い都市公園、舞鶴城公園（甲斐府中城址）の紅葉が終わりました。
遠くに行かなくても近場でこんなに素晴らしい秋が堪能できます。
入場無料。但し近くに駐車場が無いのが最大の難点ですが。

紅葉の最盛期は11月29日頃でした。
パソコンの調子が悪くブログ掲載が遅れてしまいました。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>四季・レジャー</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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		<title>１２月３日B級グルメ　ヨッチャバレ市in甲府に冬の到来</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/12/061944210754.html</link>
		<description>１２月３～４日は甲府駅周辺会場と小瀬会場の二箇所に分かれてB級ご当地グルメ　よっちゃばれ市in甲府が開かれました。
１２月３日は朝から氷雨が降り、午後からは小降りになったもののバス乗車の人出はまばら。１２月４日は快晴なれど風強し。まずまずの天気。新聞によると当局の発表では二日間で11万の人が出たそうな。
４日の朝、会場への通勤途上の北岳を始め周囲の山は真っ白でした。

私は当よっちゃばれ市のスタッフとして駅前会場から小瀬会場への往復シャトルバスに乗車してバス観光案内を仰せつかりました。
その為、会場には殆んど足を入れることが出来ませんでしたので会場内の様子はいまいち分かりません。
二日間で10往復しました。仲間20人と12台のバスで運行しました。
平均乗車50人として１０×２往復×１２台×５０人＝１２００００人が乗車した事になります。

そうした数字からは開催本部の１１万人はある程度サバを呼んだ数字では？と思われますが、２０のブルメ食品ブースの評判は上々ですし、シャトルバスの無料運行の評判は良かったようですし、そしてお祭りに関する業務連絡と山梨県、甲府市のお国自慢の間合いの観光ガイドは手前味噌になりますがそれなりに評判が良かった思われます。
拍手も頂きましたし、笑いも取りました。
ガイドをした仲間は全員楽しかったと評していますので、与えられた場をお客さんともども盛り上げたのだろうと思います。

バスガイドはボランテア観光ガイド甲府城御案内仕隊が受け持ちました。
同じ見るなら踊らにゃ損損。

これで平成２３年の私の秋が終わりました。


来年の同じ頃に今度はB級グルメグランプリ関東大会が開かれます。
今回はその為のリハーサルだったのです。ぶっちゃけた話ですが。
来年はもっと盛大になるだろう。食をターゲットにした楽しいお祭りに参加しましょう。

写真１は中央市臼井阿原の自宅前からの北岳
写真２は甲府市新平和通の県庁前からの甲斐駒ケ岳
写真３は甲府市舞鶴陸橋からの鳳凰三山の地蔵が岳
平成２３年１２月４日朝撮影</description>
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		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>食事ショッピング</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/071653183010.html">
		<title>十月桜</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/071653183010.html</link>
		<description>11月2日満開の桜を見てきました。

桜と言えば春に咲くものと思っていました。
秋に咲く桜は狂い咲きだとばかり思ってきました。
狂い咲きは夏のお盆前後に来年の花芽が形成されますが通常ならば寒さを経験して翌年の春に咲くものが、秋の何らかの気象条件を受けた場合に、春を待たずに栄養成長が刺激されて発芽や開花が進むものだと思う。
その多くは台風で葉をむしりとられたり、アメリカシロヒトリの被害を受けて栄養成長が刺激されて秋に開花したり発芽したりする現象が多いようだ。

写真の「十月桜」は毎年10月頃から11月に掛けて開花し満開を迎える桜の品種らしい。
毎年、夏のお盆前後に出来た花芽が寒さを経験しないで秋に開花する種類なのだそうです。
小彼岸桜と何かの雑種だそうです。
春に咲く花の多くは低温にさらさないと花が咲かないものが他にもあるそうだ。

群馬県館林市つつじが岡公園第二公園の桜並木が現在満開です。
この公園は館林藩の城址に鶴生田川沿いに植えられています。
2001年12月5日植樹をしたものだそうです。

このような桜を山梨県にも植えてはどうだろうか。</description>
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		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>四季・レジャー</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/042056183717.html">
		<title>ガブリエルさようなら</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/042056183717.html</link>
		<description>3.11以降、沢山の在日日系ブラジル人家族とその生徒がブラジルへ帰って行った。
11月2日も2年生のガブリエルが最後の授業を受けて少し早めに迎えに来て両親と一緒にお別れの挨拶をして帰って行った。

この後も11月末に2人が帰国する。他に一人迷っている家族があると言う。
ブラジル人学校は11月末が学年末になります。

ここ南アルプス市藤田にあるアルプス学園は母語であるポルトガル語で授業をしています。その両親もポルトガル語を母語としています。
在日外国人に安全と安心の正確な情報を流しているとは言えないと思う。
だから風評被害なのか否かは日本人以上に判断が難しいらしい。

これは全国的な傾向なのかどうかは分からない。
たまたまの局地的な現象なのかもしれません。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/040922104223.html">
		<title>リニア新幹線山梨中間駅</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/11/040922104223.html</link>
		<description>11月2日甲府市大津に山梨中間駅の候補地が決まった。

山梨県が地元地方自治体の意見として候補地を決めたもので、リニアの経営主体であるJR東海が幾つかの資料を参考に今後最終的に決定する権限を持つものだ。
しかしながら、JR東海は、ほぼ山梨県の候補地の線で決めるだろうと予想される。
いよいよ、リニアの建設が現実味を帯びて語られるようになって来ました。

山梨県民の関心ごとはリニアが建設され開通して、果たして山梨県として、又自分の居住する市町村レベルで経済的効果があるのか、逆に過疎化がいっそう深まるのか？
そこが知りたいとこなのだ。

経済的効果が上がって山梨県はいっそう繁栄するかもしれないし、ストロー効果で空洞化が進み過疎化に拍車が掛かる可能性もあるだろう。
しかし、そのキーポイントは両極へのどちらかへの道を決める綱引きは、これからの県民の取り組み次第であり、県民の総合力だという事だろう。
その最後の決め手は県民の熱いソフト面だろう。

私は唯一つリニア新幹線の技術面で責任ある立場の人にお聞きしたいと思っているのは今度の新幹線はトンネル部分が多いと聞きます。プレートテクニクスによる地震は地面とトンネルが一体となって振動しているので安全と言えると思いますが、特に活断層による地震の発生にはトンネルは安全なのだろうか。
断層面がトンネルに接触した場合、トンネルは物理的にどうなるのでしょうか。少しのトンネルの亀裂でも破砕帯から圧力のある水又は熱水の流入などなど瞬時に災害に結びつく可能性はないのだろうか。


写真１、２、３は山梨県発行の「リニア中央新幹線の早期実現」「新山梨環状道路」パンフレットより。

トンネルの歴史において今まで活断層によるトンネル事故を聞いたことがありません。世界中に沢山のトンネルがあるでしょうが、一度も事故の発生を聞いたことがありません、偶然なのでしょうか？
スイスの登山電車のトンネル火災、北海道の山の岩崩れによるトンネル事故は原因が別だ。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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		<title>愛宕山子供の国</title>
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		<description>子供が自由広場でアスレチックを楽しむ。
この自由広場の使用は無料なので助かります。
アスレチックを好む年齢がありそうだ。

私の経験では幼児から小学生中年生までが特に好んで遊ぶように思う。
団体でも家族単位でも利用できて無料なのがありがたいです。
11月2日久しぶりに小学生を案内して自由広場に行って来ました。

少年自然の家は団体利用である事は理解できるが宿泊そして食事代として小中学生一人当たり1900円掛かるので、今まで地域の子供達と利用した事がありません。その内訳が食事代が1800円だそうだ。
牛丼が280円の時代に子供の食事代としては3食としてもやや垣根が高いと思うが、、、、。

愛宕山少年自然の家並びに科学館が山梨県の子供の登竜門として今後益々栄える事を希望します。

どんぐりころころどんぐりこ。
どんぐりがいっぱい転がっていました。</description>
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		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>四季・レジャー</dc:subject>
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		<title>赤沢宿</title>
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		<description>身延山と七面山を繋ぐ道、その中間に赤沢宿があります。
身延線が東海道から身延まで開通した大正時代、この赤沢宿は最も繁栄したそうです。
未だ自動車の時代ではなく身延駅から徒歩で身延山久遠寺へ参拝し、更に身延山奥の院に徒歩で登り、そこから裏登山道を歩いて感井坊に下山し七面山への尾根を歩き赤沢宿へ一泊。そして翌日、七面山へ。
最も繁栄した時代は年間１０万人を超えたそうです。

モータリゼーションの時代に入り赤沢宿はその役目を終えました。
七面山への参拝者は現在もいますが、便利な自動車で七面山登山口の角瀬、最短距離の羽衣まで車で入ります。
伝統ある信仰の道も自動車社会には例外ではありません。

現在では一軒だけ民宿があるそうです。
近い将来、身延山から七面山へ歩いてみたいと思う。

写真１は七面山の登山道途中の展望台から赤沢宿全景を撮影しました。
写真３は赤沢宿の軒下に飾られた講元の札です。</description>
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		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
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		<title>七面山</title>
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		<description>七面山は紅葉に染まっていました。</description>
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		<title>自然に身をゆだねる（七面大明神）</title>
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		<description>七面山の二の池に石塔があって「大自然妙法神力」と彫られていました。
その言葉が身にしみて感じられ、自然に身をゆだねる事の大切さを改めて教えられた登詣でした。

10月26日七面山に一泊で出掛けた。
87歳の年輩者と同伴で羽衣から敬慎院まで5時間40分で到着しました。
12時00分羽衣出発、敬慎院17時40分到着。夕闇が迫り足元が暗くなりはじめての到着だった。
羽衣の標高は300メートル位と思われ、敬慎院の標高は1700メートルであるから1400メートルの高度さを登った事になります。
途中4つの坊を通過しての登山でしたが参道は全て山の中で自然豊かなものです。

敬慎院では6時半から七面大明神のご開帳式、それまでに精進料理をいただいて入浴を済ませて。7時から1時間夕のお勤めに参列。9時消灯。
翌日27日は御前5時半起床。6時半から1時間の朝のお勤めに参加しました。
そして朝食。

ご開帳式及びお勤めは日蓮宗の儀式及び読経によって行われますが、僧侶12名で行われ、他宗では味わえない迫力満点の積極的なもので感銘しました。

この日の宿泊は私達二人を入れて四人でしたが、私は登山自体は4度目ですが登拝（宿泊）は初めてです。同伴の連れは始めての登山であり始めての登拝です。
前橋からの男性は65回目の登拝であり、松戸からの女性は73回目だそうでした。
両者とも日蓮宗の信者だそうですが七面山へ登拝しても必ずしも身延山久遠時に立ち寄るとは限らないそうです。
圧倒的に七面山登拝の回数が多く七面山の登拝が主体なのだそうです。
その訳は七面山は修行者の修行の場なのだそうです。

七面山は七面大明神をまつる七面山本社を中心に敬慎院の大伽藍からなっています。その儀式は確かに日蓮宗によって行われますが本尊は七面大明神であることです。
七面大明神とは日蓮上人がこの身延にお入りになる以前からの山中の神様であり、恐らく大和朝廷が出来る以前からの自然崇拝の神様であり、都人が東国へ移動する時にはその多くは海べりの東海道を歩いたと思われますが木曽川、天竜川、大井川、富士川の川を神聖なもの、恐れ多いもの、その上流を竜がすむ聖地と見立てたものと思います。
又、七面山は縁の行者によって開山されたとの言い伝えがあり、熊野吉野の蔵王権現、木曾の御嶽山、そして山梨県の金峰山も同様であり、修験道の山岳信仰の場所だったのです。
即ち在来の仏教の聖地でありましたが、後年、平安末期に外来のインド伝来の大乗仏教（日蓮宗）と出会い習合したものと思われます。
その習合した姿を現在に分かりやすく伝えているのが七面大明神だと思います。
修験道は山岳仏教であり、真言密教とも習合していますが日本古来からの在来の信仰です。
今回、私は山岳仏教である修験道の一端に触れたような気がいたしました。
それは、日蓮宗身延山久遠時は仏教の聖地であり、仏教を教義によって会得する場所でありますが、七面山は自然崇拝の自然に身を任せる場所であり、その事は信仰者としての精神や心を整える修行の場である事であろう。
信仰への道は知識や物知りによって得られるものではないからです。
その使い分けがなされている事を七面大菩薩のご開帳式や夕方のお勤め、朝のお勤めを通して知りました。

私は日蓮宗信者ではありません。敬慎院の日蓮宗によるお勤めは大乗仏教の一つとして捉えています。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/10/250539061628.html">
		<title>東花輪駅</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/10/250539061628.html</link>
		<description>甲府駅北口の擬洋風建築（通称、藤村記念館）へ先般10月初旬に行ったら全国の古い駅舎モデルの写真展示がありました。
その写真展を眺めていると、ほぼ同じデザインであり、そのデザインは現在の身延線東花輪駅と似ている事が分かりました。

身延線の全線開通は1928年（昭和3年3月30日）で、市川大門と甲府間が最も遅く開業した事です。静岡県側から建設が進められ最初の開業は大宮（現在の富士宮市）から身延までの間を大正9年5月8日に開業している。
この事実に大変私は興味を持っています。
山梨県又は山梨県人にとって甲府盆地内の平野部分の甲府駅から市川大門間が身延線で最も遅く開業した事は嫌々ながらこの鉄道を建設したものと思われるからです。既に軽便鉄道が甲府と鰍沢間を走っていたからだろう。
鉄道利権の争奪、南甲府駅周辺の土地の値上がりを予測しての売り惜しみなどなど。

現在の東花輪駅は昭和3年の駅舎を建て替えてあるのかどうかは分かりませんが、恐らく開業当時の骨格をそのままにしたものであろうと推測します。
屋根瓦はスレート張りなのである程度改築されているとは思いますが古いデザインそのままだと思います。

昭和初期の骨董品だ。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/10/241657174353.html">
		<title>甲府盆地、里の秋（柿、コスモス、菊)</title>
		<link>http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/10/241657174353.html</link>
		<description>中秋の名月（今年は9月12日）を過ぎて今日は10月24日、どっぷり秋のど真ん中です。
中秋の名月は年により太陽暦では異なります。それは太陰暦の秋の満月の15夜が中秋の名月だからです。
2011年の中秋の名月は9月12日でした。
2010年　　　　　　　9月22日
2009年　　　　　　　10月8日
2008年　　　　　　　9月14日
2007年　　　　　　　9月25日
2006年　　　　　　　10月6日
2005年　　　　　　　9月18日
2004年　　　　　　　9月28日

中秋の名月にはお団子を15個お供えするのは新月から数えて15夜が満月でその15に関係しているらしい。
又お団子の起源はその昔は里芋だったようです。
その年に最初に採れた収穫物として旬の収穫物里芋をお供えして感謝の念を伝えたのだそうです。
室町時代頃からの慣わしらしい。

稲刈りがほぼ終わり、田んぼは刈り跡が広がっています。
柿の葉が散り柿の赤みが目立つようになりました。
畑の隅にコスモスと菊が綺麗に咲いています。
甲府盆地に秋たけなわです。

見ても見なくても季節は秋です。
されど、人間が秋を見て認識して初めて秋なのだ。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>四季・レジャー</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
	</item>
	<item rdf:about="http://yy-net.org/blog/02029/blog/archive/2011/10/240605063215.html">
		<title>稲、籾、米、ご飯</title>
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		<description>日本人の多くは米を主食としている。
しかし、その米を稲の段階から継続して生活の中で見られる環境にある人は国民の何割くらいいるのだろうか。
国民の多くは食料消費と生産が切り離され、多くの消費者にとっての米はお金で売買する物質に過ぎない。
全く稲を見たことのない人、もう何年も見たことのない人もいるのかもしれませんね。
山梨県は人口88万人です。その山梨県の食料自給率は果樹を含めると20パーセント、果樹を差し引くと10パーセントだそうだ。
日本全国の平均自給率が40パーセントだそうだから山梨県民のカロリーベース10パーセントの需給率からして、食料を他県に、そして外国からの輸入品に依存している県だと分かる。

山梨県は県全体では農業県ではない。又農業を生業とした農村及び田園都市の県とは言い難い。と思う。
しかしながら、小規模ではありますが、比較的生活圏の内に水田耕作地が点在しています。

私の住む中央市は甲府市の南部にありますが、水田が見られます。

この水田が見られる環境は外国人や都市に住む日本人にとって掛け替えのない風景だと思う。

黄金色に染まるこの時期の稲を毎日見ながら生活する事に幸せを感じています。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
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		<dc:subject>四季・レジャー</dc:subject>
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		<title>霜の便り</title>
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		<description>霜の降りる季節になりました。
季節とともに暮らします。甲府盆地もなかなか好いものです。

甲府盆地はあと半月くらいでしょうか。


ここは上州尾瀬ヶ原,山の鼻にて
２３年１０月９日</description>
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		<title>借景２</title>
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		<description>至仏岳は蛇紋岩の山だ。
極めてアルカリ度の強いマンガンを含む岩で出来ている。
そのために植物相が貧弱で標高１７００ｍ付近で森林限界を迎えます。
その森林限界から上のドウダンツツジなどの潅木は丁度紅葉の盛りでした。その上は常緑針葉樹の這い松帯です。
これも私の山梨県に住む借景です。</description>
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		<title>山梨県の借景１</title>
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		<description>山梨県の甲府盆地に居住してどんな生活をしているか？
人それぞれであろう。
私は四季折々、山梨県の山岳を目瑠璃歩きます。
その延長として甲信越の山岳へも足を伸ばします。
私にとっては槍ヶ岳、穂高岳、立山、剣岳も尾瀬ヶ原もみんな借景なのだ。
それらを含めて山梨県なのです。
平成２３年１０月９、１０日</description>
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		<title>朝霧の発生</title>
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		<description>富士五湖などではこれから急激に夜間の気温が下がる頃、湖面の暖かい水蒸気が立ち上り朝霧となる現象が見られるだろう。又もっと寒くなると湖面の水蒸気は氷結して周囲の山に霧氷となるだろう。樹氷と言うのかな。
厳寒期に湖面が氷結すると発生は止まるだろう。

晩秋のある日、早朝精進湖から女坂に登り三方分山から王岳そして十二が岳へ御坂山塊を縦走したことがありましたが素晴らしい霧氷（樹氷）に出会ったことがあります。もう２０年以上前になりますが、、、。
これからの富士山も期間限定で素晴らしいだろう。写真に表現する努力をしてみようと思う。


写真の場所は富士五湖ではありませんが尾瀬ヶ原の一泊二日の旅で二日の朝
共、朝霧が見られました。
尾瀬ガ原は高層湿原で表流水や地下水が流れています。
この時期、尾瀬ヶ原は朝晩の冷え込みは零度ないしはマイナス温度になりますが高層湿原は暖かで霧の発生となりました。

日中は気温が上がり朝霧は消滅しました。
１０月９日</description>
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		<title>中央道談合坂SA大繁盛</title>
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		<description>談合坂SAはモータリゼーションが生んだ巨大中継基地だ。
時代のエネルギーを感ずる。
首都圏と甲信越を結ぶ一息の場だ。
シルクロードで言えば砂漠に出来たオアシスであろう。
１０月９日の午後７時半頃談合坂SAで休憩する。
行き先は圏央道から関越道で沼田から尾瀬ヶ原へ。

物凄い混雑振りだ。県民の日の古瀬スポーツセンターのお祭りのようだ。
時局に乗るとはこんなものなのだろうか。逆に言えば時局から外れると過疎の極まりとなる。

モータリぜーションから言えば旧市街地は引き潮の流れの中にある。
甲府駅周辺。５０億円の公的資金をつぎ込んだココリは、モータリゼーションの流れの中で郊外に住宅や商圏が移る時代に、人の流れを甲府駅周辺に引き戻すすべを構築できないままに建設が進められたそうだ。
そして箱物を作るだけでは人は集まらない事を証明した。
郊外の○○モールの開店前に、そしてココリがオープンして僅か数ヶ月で商業部門の閉鎖となった。戦わずしてギブアップしたのだ。

改めて思うのは、時代の流れは巨大なエネルギーであり、そのエネルギーは恐ろしくもあり、頼もしくもある。
エネルギーを味方に引き込むにはソフトが必要なのだ。
しかし、そのソフトが分からない。</description>
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		<title>甲府城の山梨豊作</title>
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		<description>甲府城の稲荷曲輪に植えられている古木の山梨の果実が今見頃です。
今年は豊作で数も多いし大きさも例年に比較して大きいようだ。
山梨県の名前の由来は明治の初めに廃藩置県で県名を付ける時、山梨郡の郡名を採用したそうですが、その郡名の山梨郡は山梨岡神社から来ている。
山梨岡神社は笛吹市春日居の鎮目の地にある神社だ。背の山には御室山がある。
梨の生えている丘陵に神社を建てたのが山梨岡神社の由緒だと言います。
現在、山梨県といえども山地で野生の梨の原種を見ることが出来ません。
甲府駅のすぐ近くの甲府城で山梨の果実をご覧下さい。</description>
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		<title>ナナカマド</title>
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		<description>お山にナナカマドが熟れる季節になりました。
ナナカマドにも幾つかの種類がありますが、実が一番大きく上を向いているのがウラジロナナカマドです。葉の裏側に目に見えないような細かい毛が生えていて白くなっている事からの命名でしょう。

もう2週間もしたら葉が紅葉するでしょう。
平成23年9月23日槍沢の大曲にて</description>
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		<title>南アルプスにないもの（槍穂高岳縦走）６</title>
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		<description>前穂高岳(3090.2ｍ)頂上から富士山が見えました。
故郷の山が見えて嬉しかった。
富士山の右側手前に見えるのは位置からして南アルプスだろうか。
しかしその岩峰は何だろう。
もしかして八ヶ岳だろうか？八ヶ岳の可能性が高く八ヶ岳だとすれば赤岳だ。

写真2　前穂高岳頂上　　越えて来た槍ヶ岳からの縦走路です。
写真3　前穂高岳頂上　　昨晩から今朝に掛けてお世話になった穂高岳山荘　　　　　　　　　　　とその後ろに聳える涸沢岳です。
　　　　　　　　　　　ですが、大キレット同様、切り立った岩峰と岸壁
　　　　　　　　　　　のトラバースで気の抜けない集中力を持続しなけ
　　　　　　　　　　　ればなりません。
　　　　　　　　　　　時折休憩には信州側の眼下に涸沢カールと
　　　　　　　　　　　キャンプ場を見て飛騨側には笠ヶ岳を眺めて
　　　　　　　　　　　三点確保の連続で進みます。
　　　
　　　　　　　　　　　これだけ長い切り立った三点確保の必要な縦走路
　　　　　　　　　　　は南アルプスにはありません。強いてといえば鋸岳　　　　　　　　　　　とか、甲斐駒ケ岳の黒戸尾根になるだろうか？
　　　　　　　　　　　極めて短い時間だけれども。

何故私は山に登るのか？
　　　　　　　　　　
私は今年70歳になりました。2年ほど前に膝関節に激痛が走り歩く事もままならないようになりました。
整形外科へ行ってレントゲン撮影をしますと軟骨が磨り減り上下の骨と骨が接触するような状態で、痛みの原因は横側から新しいバリの様な骨の突起が出て来て神経を圧迫するのだそうだ。
もう治らないそうです。
そこで歩く事によって筋肉を着けて痛みを克服する事にしました。
しかし、既に足腰の間接が硬くなって来ています。階段状の下りを歩くとき、膝に痛みを感じています。膝で柔軟に踏ん張ったり、ショックアブソーバーの役目が減退しています。
その欠陥は下りで著しく発生します。その欠陥をカバーするために下山ではなるべく衝撃を軽減する為に段差を小さくし、手を使って三点確保で進みます。特に下りは従来よりスピードが落ちて殆んどの後方からの人に先に行ってもらう事にしています。

あと5年で後期高齢者に入ります。人間として肉体的、精神的な残存機能をどこまで残せて、その機能を駆使して発揮する、その人らしい生活を過ごす事が出来るかの挑戦です。
18歳から持続して趣味として継続して来た事は登山でした。
他にも趣味がありましたが切手収集も止めてしまったし、マラソンもはしたなくなったし、写真撮影も諦めてしまったし、、、。

私は山にどうして登るのか？
それは山を眺めるためではなく人間社会を眺め、更に自分を見詰めて眺めるために登っている部分が多いです。

その事は恐れ多い事ですが仏教の信仰への修行の道に、その多くは山岳修行が行われます。又本来の寺とは修行の場であり、経のある場であり、先達のいる場でありますが、そのお寺には「まるまる山」と書かれています。
山岳修行と切り離せないのではないかと思っています。
恐らく経を詠む訳ではありませんが登山はそれと似た心理状態を作り出しているのでしょう。
一心に一人でなにも考えないで長い時間歩く事は感情から離脱し、その感情に支配される邪念を断つことにより、本来自分がしなければならない道が見えてくるからです。
人間は沢山の煩悩を持っています。賢そうな事を言っても煩悩に支配されていると言っても良いかもしれません。
下界での複雑な人間関係や雑事に追われて疲労し自分を見失いがちです。その解消のためとの位置づけとして登山をしに行くわけではないのですが、結果として下山するときは付き物が取れて見違えるように自分のしなければならない優先順位が整理されその事が結果として元気になる事がしばしばでした。

釈迦が修行ではなかなか悟りの心境に到達できなかった勉強や荒行を、座禅を組む事によって悟りの境地に至ったとの故事から、脳生理学的に無我の境地に入るには一定のリズムの持続が効果的らしい。座禅もひたすら座して心を落ち着けますが、山岳をひたすら何も考えないで目の前の難関を突破し続け、持続して歩くのも同じ効果が得られるのかもしれません。
仏教の修行として難しい教義を経から受けて、学問的には物知りにはなれるでしょう。世俗的な高僧の多くはそうして仏門の階段を登りつめて行くのでしょう。しかし、問題はどのようにして邪念、煩悩を立つのでしょうか。
物知りは釈迦と同じ道を進んでいるとは言えません。
仏法知識を語り及び経を読むことにより又、作法を売り物にしている似非坊主に過ぎません。
禅宗が大切にしているのは学問も大切ですが釈迦が悟りを開き解脱するときの作法として、ひたすら座禅を組む事によって達せられたと言います。
座禅を組む作法が何よりも大切だと言います。
恐らく、登山は同じ心境に入りやすいのではないでしょうか。
そんな事も手伝って、なんとなく長い間登山と言う趣味を継続して来ました。
文章にすると大げさに何か意味があるように書かねばなりません。その事が私の真実から離れてしまいがちです。お詫び致します。

これからもゆっくりでも良いから登りたいと思っています。</description>
		<dc:date>2011-12-09T12:02:10+09:00</dc:date>
		<dc:creator>山梨学院大学</dc:creator>
		<dc:subject>歴史文化産業</dc:subject>
		<dc:publisher>山梨学院大学</dc:publisher>
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