北岳で出会った花達(総括編)
2008.10.15 12:34 投稿者:ootaminoru
このシリーズをそろそろ終えることにします。それは今回の花の撮影登山でのネタが枯渇してきた事と10月20日から授業が再開されるからです。
9月6日午前10時に肩の小屋方面から頂上へ着いた。
暫くして逆方面の北岳山荘方面から一組の男女が到着した。外国人だった。
お互いに目礼しそして私の方からデジカメのシャッターを押して欲しいとお願いした。
やがて自己紹介をして親しく雑談をする仲となった。
殆どが日本語で通じない部分は英語で補った。
その男女はロシアからの研究員で男性は物理学、女性は生物学専攻だそうだ。
カップルの記念写真を相手の写真機で撮影してあげたし、私の写真機でも記念に撮らせて頂いた。
本来ならばここに掲載したい所ですが、何か後日その方々がトラブルに巻き込まれる可能性を残したくないので写真掲載を諦めてその時にシャッターを押していただいた我輩の写真を掲載します。写真1です。
さて取り留めの無い話が進行したが、頂上の広場の縁に生えている這い松を話題とした。
ロシア側にもこの這い松がありますか。と質問から始まった。
日本語の「這い松」が通じない。デス パインツリー で理解していただいた。
詳しい場所は分らなかったが生物学研究員の女性が広く分布していると答えてくれた。内陸部分ではなくどちらかと言えばシベリア東部、カムチャッカ、サハリンなどの海岸に近い地域らしかった。
昔々、氷河期の時代にロシアのそれらの地域から陸伝いに日本にやって来た植物でありロシアの這い松とは兄弟の別離だっただろう。
今では海に隔てられロシアと日本の地に隔離して個別に生きている。
もう行き交う事も無くなった。
この付近に生える高山植物の多くは同じように氷河期の時代に北極地から移動して来た植物が多い。
動植物にとって国境は無い。地理的に陸続きであれば、生活が可能であれば、更により生活が快適であれば自由に移り住むのが生物としての当然の摂理である。
その昔、日本列島にモンゴロイドの日本人は北方から、中央アジア、そして南からは島伝いにミクロネシアから生物として移動してきたであろう。
貴方方はロシアの研究員だという。
貴方方の研究は自然科学の真理の探求であるかもしれない。
そしてロシアに帰れば貴方方自身の為の生活の糧として研究職や教鞭に立つこともあるだろう。
そこまでは穏やかに相互で理解しあい、お話が出来る。
しかし、貴方方の研究はロシアの国益をも兼ね備えていると思う。
この部分に話が及べば友好的な雰囲気もたちどころに豹変するだろう。
国の役割とは何か。国益と言った場合に国と国、人と人を離れさせる負の役目をしているとしか思えない。トラブルメーカーだ。
正直な話、現在の国際問題や国際情勢からどうしても、そうしたイメージはぬぐえません。
このように個人レベルでは何のコダワリもないのにその集合体の国が出てきた途端に怪獣となる。殺しあう戦争にまで発展するし、理不尽な天下布武の弱肉強食の勝った国が正義である世界が色濃く残っている。
誠に残念でならない。
これは政治の世界の話であるがその政治を構成しているのは夫々の国民であり私と貴方方なのだと。
そろそろ自然科学者は本気で地球規模の恒久的な平和を生活の中で時々は考えようではありませんか。
以上このようなことを私が述べました。
若い研究員はほぼ趣旨を理解してくれたと思う。
同様の所感が返って来ました。
握手を求められてやがて別々の方角に分かれた。
そして下山して広河原バス停留所で再び再会した。
旧友との再会として喜び合った。
彼らは奈良田から身延方面へ、私は芦安方面のバスに乗った。
自然には国境は無い。国境は国と国を、人と人を分け隔てする。
EUはそうした過去の経験から緩やかな連合体へと試みています。
極東地域においても、更なる連携を、、、。
高山植物から学んだ事です。
写真2枚目は肩の小屋下の尾根から這い松越に仙丈ケ岳
写真3枚目は肩の小屋から北岳頂上方面を仰ぐ
長らくお付き合いくださいまして有難う御座いました。
以後は単発で登山の楽しさを別の角度から気が向いたら書くこととします。
これにて「北岳で出会った花達」を完了とします。
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