身延山の歴史と文化を探る(その2 菩提梯)
2008.10.16 08:40 投稿者:ootaminoru

三門と本堂をつなぐ287段の石段です。この急な階段の事を「菩提梯:ぼだいてい」と名前が付いて約40段で踊り場(テラス)があり叉次の階段群へと続いて行きます。
踊り場は六個あって一つの石段群×7は「南 無 妙 法 蓮 華 経」を一つづつ登るのだそうです。
そのように語呂合わせを施してあり、そして登りきった場所は悟りの境地の入り口に位置しているそうです。
これも始めて知りました。
写真1 287段を登り切り息が揚がったままの状態で振り返った階段下。
写真2 これから登りの石段に取り掛かる前の長い石畳。闘志がフツフツと 湧いてきた。
写真3 石段を登り始めの位置で躊躇する群像。登るのか登らないのか?
尚、この正面の石の階段が正式の登り口です。他に男坂と女坂が左右に配置されています。
登山者の石段の登り方
楽に一番早くこの階段を登る登り方を教えます。
そのコツは287段をいちども途中で休むことなく登り続けることです。
即ち、休まなくても石段を登り続けられるスピードで登り続けることです。
そのスピードはその人に依って異なります。
登り始めて呼吸が苦しくなったり叉は筋肉が疲れて来たり、パワー不足になってきたら、どんどんスピードを緩めます。立ち止まらずに歩き続けられるスピードを見つけます。そのスピードがマイペースのスピードなのです。
このようにして私は1時間でも2時間でも3時間でも登山で山を登り続けます。この登山方法が最速の楽な歩き方なのです。


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コメント
今日は朝10時から中央市国際交流協会の日本語教室へ行きます。毎週日曜日がそうです。
半年が1クールで3期目に入りました。
日本在留の外国人に日本語を教える教室を中央市は持っていますが、その教室の先生を目指して教育実習を受けています。これが私の当面のメインの仕事です。
さて、神社仏閣は信仰の教義とは別に昔から観光化が進み物見遊山に教団側は血道を傾けてきました。人気取りはお賽銭につながり、人集めは世俗的な意味からも繁栄に結びつく一面があるからです。
七面山の山門は春分と秋分には日の出の太陽が門の外から差し込んでくるように位置設定されています。
身延山の石段も旨く語呂合わせが出来るように設定されています。
日本の観音霊場廻りの信仰は1700年の文化文政の時代から大流行します。
例えば、観音様に例えを取るならば同じ聖観音がご本尊の寺でありながら人気のある寺と不人気の寺が極端に出現します。
聖観音の教義は同じなのにです。
これは結局、信仰ではなく、信仰を名に借りた当時の観光であり、庶民大衆の旅行だった訳です。
般若湯と言い換えたり精進落しと言い換えて酒を飲んだり女肉を漁ったりは当たり前だったのです。
また、山登りの極意とは‘休まずに歩き続けられるペースで登る’とは、これまた目からうろこでした。ですが、3時間も休まずに上り続けられる体力はどのように作られたのでしょうか?
またお会いした時に教えて下さい。