身延山の歴史と文化を探る(その4 万灯講行列)
2008.10.18 06:37 投稿者:ootaminoru

日蓮聖人は10月13日(西暦1282年)に今の東京、池上の地でお亡くなりになりました。61歳だったそうです。
その命日の10月13日の朝4時に掛けて祖師堂で前日の20時から徹夜でお説教が行なわれました。門限が22時でしたので残念ですが前座の部分で研修宿へ引き揚げました。
それに参列する全国の支寺から参詣の講が万灯行列です。
万灯行列は総門から門前市の商店街を経由して三門に至る2km間で行なわれます。
そして更に自動車にダンジリ?を積んで本堂前に集合して大僧正様の前で参加したことの証の練り供養と奉納式が行なわれます。
今年の参加は50講だそうです。
枝垂れ桜をイメージし、お神輿風の本体(ダンジリ)?に飾り付けられたもの。そして江戸の下町の火消し装束、その毛槍を振り振り、白装束の法被姿に団扇太鼓を叩きながらのお題目「南妙法蓮華経」をリズムに合わせて連呼します。
万灯行列に参加している人も私達のような見物客もリズムに合わせて拍子を取り身体を動かします。
このような灯かりを付けたダンジリを引っ張って歩き団扇太鼓を鳴らし、お題目「南妙法連華経」を連呼して踊る万灯講行列が出来たのは江戸中期からだそうです。法被姿や毛槍を振り回す火消し装束は明治からだそうです。
日蓮宗は江戸で沢山の支寺と信者を持ち特に商人層に多かったので神田明神や浅草のお祭りの様式が定着したのだそうです。
日蓮宗の積極的で動的な一面と江戸下町の気風の好い風俗が合体して、練り歩くお祭り(フェスチバル)が出来上がったものだそうです。


コメント(4) | この記事のURL | カテゴリー:歴史文化産業
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コメント
わざわざ有難う御座います。
pcを開かなかったので、返事が遅れました。
実習レポートはあり難く頂戴しました。
感謝です。
これから、また講義が始まりますね。
参加者皆さんと、いいものを創りたいですね。
昨日身延山から教育実習のレポート集が来ました。旨く纏めてありますね。記念になりますし、何よりも皆様の受け取り方が書かれていて色んな意味で参考になります。
お説教の話しの続きですが、今回はさわりの部分だけしか聞けませんでしたので、宗教そのものの本質とか教義に触れる部分は拝聴する事が出来ませんでした。
私はインバウンド観光観光プログラムを離れても来年は徹夜でお説教を聴きに行こうと思っています。
人間に例えれば、この前の一泊二日の研修は着ている服装や靴、被っている帽子を眺めただけだと思います。つまり外観だけを見ただけです。
内面的な人格が表面に現われるかもしれませんが着飾って武装された寺院仏閣の大伽藍から垣間見る程度です。
その人がどんな声でどんなことを考えたり思ったりする人であったり、人格に付いては何一つ触れることが許されませんでした。
お説教は日蓮聖人様の一生を語るないようですので、その時代に生きて何を考え、どのように生きたかが分るでしょう。
多分に教義に触れる部分が語られるとい思います。
説教は9時半まで聴いていましたが日蓮聖人様の成人する前の段階しか聴けませんでした。
門限に遅れると、叉無届で外泊すると目玉が飛び出すほど叱られそうなので、良い子ぶって帰ってきました。
今日はこれから私用で富山市へ出かけます。
今夜、日蓮聖人様のお住まいになっていた庵の前で他団体から頂いた「立正安国論」読む予定です。
明日も夜に帰宅します。
何か私に分る事があればお答えします。遠慮なく尋ね下さい。
取り急ぎお返事しました。
説教に行かれたんですね、良かったですか?
菩提悌も登られた。山登りをされているので、それほどでもなかったようですね。
私は今回は登りませんでした、本堂の往復で足が痛くなりました。山道と違い舗装道路は痛いですね。(言い訳です・・)