中道往還精進の宿
2009.05.05 07:38 投稿者:ootaminoru

中道往還は若彦往還(大石峠から河口湖へ)と河内往還(富士川沿いの道)の中間に位置し八代の中道(左右口宿)から迦葉坂(右左口峠)を越えて下芦川に下り古関から阿難坂(女坂峠)を越えて精進湖の精進村に達し本栖湖湖畔から現在の富士宮市に至る街道です。
戦国時代には駿河から叉は甲州側から出兵し通過した道であったし、徳川家康や織田信長もこの峠を通ったとされています。
精進湖の精進村にはその街道の宿をイメージする茅葺の民家が何軒か残っています。
その集落は健在ですが一番山付きの茅葺民家は何れも廃屋です。
今回、古関側から阿難坂の全コースを歩く計画を建てましたが昭和41年の災害で精進湖隧道の古関側までの道は崩壊し歩けませんでした。精進湖隧道の古関側からは古道が明確で途中崩落した場所もありますがそこから阿難坂(女坂峠)を越えて精進湖畔まで歩いて来ました。
中道往還全般については項を改めて書くとして、ここでは近い将来見られなくなるであろう精進村の往時の茅葺家屋を紹介しておきます。
この道は駿河から甲府まで最短距離の道として駿河湾で獲れた魚介類を江戸時代、馬の背中に乗せて甲府の市場や飲食店に運んだ道でもあります。
精進村から女坂峠までは保存状態がよく誰でもハイキングできる街道として今に残っています。

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