志摩の里を歩く(北山野道)
2009.05.25 17:12 投稿者:ootaminoru

志摩の里を歩いてきました。
湯村付近を志摩の里と言います。
甲陽軍鑑に信玄は志摩の里(湯村)で湯治をしたと書かれているそうです。
時代を少し遡りますと武田信虎が荒川の飯田河原の戦いで本陣を敷いた地点が千塚八幡神社だそうです。写真3が千塚八幡神社です。
この戦いで信虎は駿河の今川勢の福島正成に大勝して武田同族団をピラミッド状に纏め上げる結果となりました。
その時に信虎夫人である大井夫人は躑躅ガ崎の館が危ないと要害山に逃げてそこで産んだ子供が晴信です。時に大永元年(1521年)信虎が躑躅ガ崎の館を築いて3年目、晴信が誕生した年です。
甲府市教育委員会は甲府市の北山野道として散策路を指定し案内しています。
今回はその案内板に従い志摩の里巡りをしました。
他に板垣の里、小松の里、表門の里が用意されています。
写真1を参照。
上代は古墳、歴史時代には神社と仏閣しか世に伝わらないのだと解かりました。
人は生きている間だけなのですね。
志摩の里をざっと一回りして3時間のコースです。
丁寧に廻れば4時間から5時間コースかな。
観光スポットには教育委員会で解説板があり分り易く説明がしてあります。
その説明板を頼りに次々と歩いて廻ります。
さすがは甲府市です。
県内の人には武田関係などの興味深く丁度良い散策コースが準備されています。県外の人には?? 外国人には????
平成21年5月23日午後、暑かった。


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