福楼(甲斐善光寺御開帳)
2009.05.26 18:48 投稿者:ootaminoru

甲斐善光寺の境内で巣立ち間近の福楼(フクロウ)の兄弟が居ます。
現在、甲斐善光寺は御開帳ですがあと数日の5月31日で終ります。
私は未だ当分時間があると思っていましたが気がつくと、もう日にちが無くて5月25日に慌てて行って来ました。
善光寺御開帳の戒壇めぐりや宝物殿の見学も終わり、境内に出ました。
境内の裏側で数人のカメラマンが500ミリの望遠レンズを装着した一眼レフタイプのカメラを三脚に立てて松ノ木のてっぺんから下1メートルを狙っています。
聞きますと巣立ち前のフクロウの兄弟がいるのだそうです。
私はコンパクトデジカメで精一杯ズーム望遠で狙って手持ちで撮影しました。写真1です。
前立阿弥陀如来三尊像を見れた事よりもフクロウの巣立ち前の兄弟が見れたことに幸せを感じました。
脚を使って取材に出掛ける。偶然とは言え思わぬ出会いがあります。
これからも脚を使って(現場主義で)「わいわいねっと」 を続けようと思います。
追伸:善光寺如来は阿弥陀如来三尊像です。
この仏様が日本伝来で一番古い仏像と言う事になるのでしょうか。日本書紀では西暦552年が仏教伝来だと教えられています。(元興寺縁起では538年)その時の仏像は釈迦如来だとも聞いています。
聖武天皇が752年東大寺の大仏様を建立したそうですがあの仏様は、じるしゃな佛だそうです。華厳宗と言っています。
釈迦如来ではありません。叉薬師如来でも阿弥陀如来でもありません。
もう少し後世になりますと真言密教では、じるしゃな佛を大日如来と言うそうです。この時期に(真言)密教の混じった雑密教が国教として導入されたことになります。
聖武天皇の当初は詳しくは解からなかったみたいですね。
後世の鎌倉仏教の浄土宗と浄土真宗は阿弥陀如来をご本尊としています。
その阿弥陀如来が552年に限りなく近くの時期に難波(大阪)に入って来た事になるのだろうか。そして曽我氏と物のべしが仏教導入で対立する。難波の瀬戸に捨てられます。それを拾い上げて信州に持ち帰ったのが本田善光だということになっています。
日蓮宗の日蓮はこの阿弥陀如来をご本尊とする浄土宗若しくは教祖の法然を激しく攻撃します。
日蓮宗は法華経を唯一の経典としています。
数多くある教典の中で法華経は一番釈迦生存の時期に近い経だと言われています。
即ち釈迦のオリジナル性が高いと主張します。
しかし中世に書かれた写経や経筒で発見される経は般若心経ではなくて、法華経だそうですが、日蓮宗の法華経ではなく、別な古いタイプの法華経だそうですね。既に奈良時代に入っていた。詳しくは知りません。何方か教えて下さい。
そうした法華経の翻訳の仕方の議論を聞いたことがありません。
法華経もその翻訳の仕方、解釈の仕方が問題視されなければならないのかもしれません。
キリスト教もユダヤ教の教祖もイスラム教も同じ人物が教祖だそうですね。
日本伝来期から混乱状態で仏教が導入されたのかなと思います。
自分の宗教の正当性を主張する。
一神教のキリスト教やイスラムの世界ほどではないけれども宗教はやはり難解だ。
唯一つ新しい知識を得ることが出来ました。甲斐善光寺は浄土宗だそうです。長野善光寺は宗派はないと聞いていましたので、大変びっくりしました。阿弥陀三尊像を信仰する。極めて自然なように思いました。
フクロウに乾杯です。
私の甲斐善光寺御開帳が終りました。
今度も私の仏教に対する御開帳はお預けです。


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