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旧芦川村のスズラン(山梨百名山釈迦が岳11)

2009.06.03 07:47  投稿者:ootaminoru

笛吹市芦川地区のスズラン

山梨百名山、釈迦岳(1641m)に登るつもりで家を出ましたが雷に怯えて登り口のスズラン見物だけになってしまいました。
釈迦が岳は甲府盆地から良く見えます。尖がっていてインドの仏舎利塔に似ているからそのような名前が着いたのだろうと思います。
頂上に二体の石仏が鎮座していますが名前の後添えだと思う。
面白いのは近くに神座山(黒打の頭)があります。どちらが先か判りませんが類を呼んだのだろうと思います。
私の推測では若彦街道(鳥坂峠、大石峠)及び日向峠(ドンベイ峠とセットの新道峠)を往来する旅人にとってすぐ近くの釈迦が岳は大変インパクトの強い存在であり、あの山の近くの峠を越えて旅をする目安として地元でも説明用に必要だったでしょう。



5月29日から31日まではスズラン祭と名を売って芦川支所から送迎バスなどが出ていましたが、混雑を避けて6月1日に行きました。
お目当てはスズラン畑(畑といっても人工的に耕作している訳ではありません。自然のなせる業です。)からセットで登る70分の釈迦が岳です。
しかし、断続的に雨が降って少し雷が鳴って、、、、叉雷雨が来そうで。家内と一緒でしたが家内が先に戦意消失。私もそうかなと、思ってしまいました。

その昔7月頃の梅雨の季節にテレビなどで北海道のスズランが東京、上野駅界隈で道行く人にプレゼントされる映像を見てきました。
北海道へ観光客の誘致運動風景でした。
そしてそんな残像に憧れて梅雨の晴れ間に長野県の富士見の入笠山に広い範囲の密集したスズランの群生地があり登山ハイキングが流行りました。

最近はあまりスズラン入笠山登山は聞かなくなりました。私の狭い現状認識の無さから来る偏見でしょうか。現在もスズランの群生は健在のようです。

替わって近間で浮上したのが山梨県の芦川のスズランでした。
もう20年以上前のことでしょうか。
その頃何度となく小さい子供を連れて家族で出掛けたものです。
ですが、スズランは丈が小さいので子供には今一インパクトが少なくニ三度で行かなくなってしまいました。


その芦川のスズランへ本当に久しぶりに行って来ました。
白樺林の半日影の林床としてスズランが群生しています。

ここ旧芦川村は黒岳、節刀ケ岳、釈迦が岳、春日山、滝戸山の五座の山梨百名山に取り囲まれています。
馬蹄形に取り囲まれた渓谷の大まかに説明すれば古い河川敷部分に集落が点在しています。渓谷の深さは比較的浅く、沢沿いに段々畑と集落が並んでいます。
段々畑のコンニャクイモが有名です。
甲府盆地側及び反対側の富士山側には幾つもの峠があります。中でも若彦往還が渓谷を横断して鳥坂峠、河口湖側には大石峠があり交通の要所として他国と結んでいます。

峠を越える。

山を重機で掘削して道路をつける。路肩をコンクリートで補強する。更に隧道を掘ってトンネルを造り自動車で移動する。
これはほんの最近の出来事です。
峠を越えて分水嶺を分けた他国に至るとはどんな按配だったか。
馬の背中に乗せられた嫁子は二度と故里の地を踏む事もかなわなかった時代が長くあっただろう。
是非一度ならずも何度か体験してみては。
古来からの文学は解からない、歴史小説は理解出来ない。イメージが湧かない。文化を失い漂流する日本人。

ここ芦川にはそんな体験学習の場が備わっています。


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